「ファシリテーターインタビュー」を受けました

10/1に、「ファシリテーターインタビューVol.2」で、ファシリテーターの高柳謙さん(ガオリュウさん)にインタビューして頂きました。このシリーズは、「ファシリテーターは、どこにいますか?」という問いのもと、ファシリテーターが他のファシリテーターをインタビューするというものです。

以下は、ガオリュウさんがまとめてくださった記録です。(長文)
下に、グラフィッカーの和田あずみさんが描いてくださったグラフィックも掲載します。私自身グラフィッカーですが、描いてもらったのは初めてだったので、感激&感謝!です。

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ファシリテーターズ・インタビュー
Vol.02 佐々木薫

【系譜】活動家→ドラムサークル→ファシリテーター
【生息地】あらゆるところにいます。遍在してます。

インタビュアーのガオリュウこと高柳です。インタビューさせていただいた佐々木薫さん(以降、薫さん)について書かせていただきます。

私にとってはドラムサークルのファシリテーターであり、『プロフェッショナル・ファシリテーター どんな修羅場も切り抜ける6つの流儀』という本(http://www.amazon.co.jp/dp/4478027102)を日本に広めることを切望して、行動した人という認識のファシリテーターが佐々木薫さんです。

今回のインタビューで知ったことは意外にも薫さんの源流は活動家だということ。なぜ意外かといえば、ファシリテーターが一般的に捉えられる「促進させる人」という役割からは離れた存在に感じてたからかもしれませんが、薫さんを知る人からするとその発するエネルギー・熱量のすれば当然なのかもしれないなと納得。(笑)

知っている方は知ってますが、物事に「反対」するのは実はかなりなエネルギーが必要な行動です。曰く、当時の活動家はどの反対活動をみても、同じ人たちがいる…みたいな状態で、かなりな「反対」だったようです。しかし薫さんは、いくらエネルギーを注ぎ込んでも変わらない世の中に「思いは正しいけど、メソッドが間違っている」と考えて、行動を「反対・賛成どちらの立場にも加担しないけれど、かわりにここにずっと居て、祈ることにした」という方向に…。

あきらめや祈りの人生の通り道を経て「心ひらいてつきあう」までたどり着いた時期に、ドラムサークルに出会ったそうです。そしてするりと海外でしか行われていなかったドラムサークル・ファシリテーター養成研修に参加しに渡米した薫さん。その合宿過程の夜に自身が「完全受容」な感覚を味わった時、今の世の中・社会は、あらゆることが、人のなにかしらを傷つける(削る)ように出来ていると感じるようになったそうです。

そこから1000回以上のドラムサークルを経たファシリテーションについての話では、以下のことが印象に残りました。

インタビュー記事的にはすごく大事な話たちなんですが、いかんせん未だ租借できておらず文章にできず。まぁ、日本語、日本人の感覚からはなかなか明文化しづらいことを、アメリカはいい感じのパッケージにしてしまう…という話はなんか腑に落ちました。( ̄▽ ̄;)後は言い訳として、そもそも日本語でピッタリくる言葉がないからムリなんだなと。なので気になりましたら、薫さんご本人に聞いてみてください。(笑)

あ、後、これらは私が薫さんの話から受けた自分なりの解釈ですので、正しいとか正しくないとかは関係ありません。という意味では、薫さんに聞いてもわからないかもなので、私に聞いてくださいの方がいいのかな・・・。

・ドラムサークルは『よい音楽』ではなく、『よい関係性』を目的としている
・「ドラムを叩く」は男性社会の象徴
・失敗した時にはそって脱け出して戻る話
・ファシリテーターのエゴがなくならない話とファシリテーション中にどんどんエゴが死んでいく話
・コンテンツとプロセスと「さぁ~?どうなるんでしょうねぇ?(笑)」な話
・最終奥義「ホウチ」
・守破離の話

そしてインタビュー中に薫さんから何回か出た「みなさん、ファシリテーションってなんでしょうね?」は最終的に400字で考えてみる「宿題」となりました。

さて、最後はこの会の主旨である「どこにいますか?」という質問で場を閉じましたが、答えは…

『あらゆるところにいます。遍在しています。』

でした。

今回は事前の打ち合わせもほぼやりませんでしたが、ふりかえってみると、Vol.01のまちづくりの千葉さんの時のインタビューとはやはり問いの内容が違っていて、薫さんについては、なぜ今のスタイル、在り方に到ったのかを私が知りたかったみたいで現在の薫さんの話はほとんど聞きませんでした。でもそれだけ私がファシリテーターの在り方の真理にたどり着きたかったのだなと。誤解や何様?的な糾弾を恐れずに言えば、なんとなく薫さんと感覚が似ている気がしたんだと思います。

そして、翌日に薫さんと記事内容をチェックしていて気がついたのですが、薫さん的にも「いちばん言いたかったこと、というか、”いまの私”を全然話さなかった」となっていたので、「次回があればぜひ!」とのことでした。

次は薫さんがインタビュアーとしてもありだし、「今」を知りたくなった他のファシリテーターがインタビューすることもありそうですね。普段は自分のことを話せないファシリテーターが話す場としても聴く場としても使えればいいなと思っています。

以上、薫さん、参加してくださったみなさん、そして今回の会場を貸してくださった永和システムマネジメントさんに感謝。

※画像はグラフィックレコードを参加者の和田あずみさんが描いてくれたものです。感謝。

グラレコ1
グラレコ2

究極のファシリテーション×非暴力

昨日築地本願寺で行なわれた、真宗教団連合東京支部 公開講座2015 映画『カンタティモール』上映とパネルトーク「他を犠牲としない平和を問う」に参加しました。

http://www.canta-timor.com/
20年以上、各国のゲリラ兵士達の取材を重ねてきた監修の南風島 渉さんのお話ーーー。
 
インドネシア人の弾圧を受けるティモールの兵士はわずか1,000人、しかも「世界でもっとも弱いゲリラ軍」と言える。彼らは3万人のインドネシア軍と「闘い」(「戦い」ではないそうです。)、25年をかけてどの国も達成していない奇跡の独立を手に入れた。
 
イスラム国等のテロが頻発する一方で、彼らは「君を誘拐して殺せば、世界中からメディアがくるんだけどね」と冗談を言いながら、けして攻撃的なことをせずに細く長い闘いを黙々と行なった。インドネシア軍を捕虜にすると、自分たちの考えを滔々と話して、なんとその後釈放することにより、インドネシア人の間に賛同者が増えていった。
そして、奇跡の独立。
これが究極のファシリタティブな姿と言わずして、なんと呼べばいいのでしょう?
そして、彼らはどれくらいのStanding in the Fireを実践してきたのでしょう? 映画では、耐え難い体験を経てきた何人もの人が「悲しみは消えないけど、怒りはない」と、きっぱり言い切っています。
ファシリテーションと「高潔さ」、そして「人道的な戦略」は、関係があるのかもしれません。
● 11月1日(日)10:00〜18:00
「あり方」を磨くStanding in the Fireワークショップ【第8期】@東京
 https://www.facebook.com/events/140262772978454/
【あり方を磨くーStanding in the Fireワークショップ連動】
● 11月11日(水)19:00-21:00
第1回:”私の中の静かな場所”をみつける@東京 https://www.facebook.com/events/140262772978454/
● 11月18日(水)19:00-21:00
第2回:”私の中の小さな私”と仲良くする@東京
https://www.facebook.com/events/1480843638885816/

内省の場

先日の「自然の中で五感を磨く」の、短いソロタイムでの発見。

野生動物たちは、たたたっっ!と斜面を駆け下り、だだだっと登り、雨が降ればひっそりと雨宿りし、寒ければ丸くなり(冬眠するものも)、あれば食べ、なければ食べず、寝て、ただひたすら生きています。

病院も、保険も、救急車もなく、孤独もなく、お金や所有の概念もなく、誰かへの期待も、将来の不安も、持ち物もない。

・・・なんという自由。

そんなさまざまな気づきの得られるBeing SOLOという体験の場を作っています。

https://www.facebook.com/events/999643623391184/

 

本当の感情をつかまえる

先日、大切な友人が大きな病にかかっていることがわかりました。物事は重なるもので、その他にも助けたい友人たちの課題があり、いろいろな要素がぐるぐると頭の中を交錯して、混乱している自分に気がついたので、気分転換に散歩に出かけました。

Stanging in the Fireの<流儀2>である「いま、ここ」は、言うは易し、の非常に難しい状態で、一日に数分もあれば上出来だと思います。その時の私は、せっかく散歩に行ったというのにまだ頭の中が入り乱れた思考でいっぱいでした。そこで、Standing in the Fireワークショップでご紹介している、ある実践法をすることにしました。

身体の状態をスキャンしてみると、胸のあたりに何かを発見しました。昔から様々な考え方の中で、胸には悲しみが宿る/感じられるとされていますが、すぐにそれには飛びつかず、静かにその「まだ名前のついていない感情」を観察して、「感情さん」と会話してみました。

しばらくして、ふと思いつき「その人たちの状況について悲しんでいるだけでなく、助けてあげられないことも悲しいの?」と尋ねてみたところ、急に胸が詰まり、涙ぐんでしまいました。その瞬間、それがそれまで「隠れていた/みつけられなかった」奥にある感情であることがわかりました。

身体の反応は思考より早いと言われており、身体にこそ感情のカギがあります。身体はウソをつきません。身体の反応を微細に捉えられることになればなるほど、「炎」に対処しやすくなります。そして、それは日々の実践を積み重ねていくしか方法がありません。
また、どんな感情をみつけたとしても、それが「その瞬間の真実」であり、「いい/悪いを判断する」「対処する」必要もありません。みつけたら、あったことを静かに受け止めて次に進めばいいのだと考えています。
【次回 Standing in the Fireワークショップ】
● 10月17日(土)9:30〜17:30
新しい時代に穏やかでブレない「あり方」で結果を産み出す方法Standing in the Fireワークショップ【第7期】@福岡  https://www.facebook.com/events/474316842749541/
● 11月1日(日)10:00〜18:00
「あり方」を磨くStanding in the Fireワークショップ【第8期】@東京
 https://www.facebook.com/events/140262772978454/
【あり方を磨くーStanding in the Fireワークショップ連動】
● 11月11日(水)19:00-21:00
第1回:”私の中の静かな場所”をみつける@東京 https://www.facebook.com/events/140262772978454/
● 11月18日(水)19:00-21:00
第2回:”私の中の小さな私”と仲良くする@東京
https://www.facebook.com/events/1480843638885816/

自分の状態に気づく→伝える

7月半ばに、九州まで陸路で(!)イヌネコ9頭のレスキューに行ってきました。猛暑と台風で、大変なオペレーションとなりました。

九州から東京までの陸路の移動は、動物たちには過酷な旅となるため、九州にいるほんの1〜2日で、できるだけ近場でいい里親さんを探したいと思い、地元の動物保護団体に協力していただきました。

動物保護に関わる人たちは、日々どんどん保護犬・保護猫がやってきて、ほんとうに頭の下がるような過酷な活動に追われています。そして、すごい集中力で熱心に取り組んでおられます。どの動物も緊急事態なのです。

私が相談したイヌたちについては、私がいる日程が限られているため、団体さんがあちこちに電話して、刻々と状況が変わり、高齢や障害で長旅に耐えられない動物をどうするか?と、緊迫した時間が過ぎて行きました。まさにファイヤー(炎)!

炎天下、「どうしよう! どうしよう! 時間がない! 〜〜さんからはまだ返事がない!」と、皆さんが戦々恐々としている間、私は不思議な気持ちで、そこにいました。前述の通り、こうした団体の人やボランティアさんたちは、動物の保護を第一に考えている人たちです。当然、そこには、心配・焦り・苛立ち・場合によっては怒りという、強い感情が渦巻いています。でも、動物を保護してきた当の私は、平然としているように見えたことでしょう。この上なくアツい人たちに囲まれて、ひとり静かにしている自分。だんだん居心地が悪くなってきました。

「もうちょっと動揺してる顔した方がいいのかな? 冷たい人だと思われてないかな?」・・・自意識がぐいぐいと頭をもたげて、「そこの状態と、ちゃんと一緒にいる」ことができなくなっています。「心の中のおしゃべり」に捕まった状態です。

しばらく躊躇した結果、私は正直に自分の中に起こっていることを、その場にいる人たちに伝えてみることにしまいした。

「あの〜、私、きっと平然としていて、無責任で冷たいように見えると思います。でも、私は皆さんや、今夜東京から車で駆けつけてくれる友人たちの”司令塔”であり最終判断の担当者ですから、最後まで気力・体力をもたせないといけない立場なのです。それに、こうした里親探しの緊迫した現場は初めてで、右も左もわかりません。ですから、けして気持ちがないという訳ではありません。自分のペース配分を考えているところなのです。ご理解くださいね」

そうすると、皆さん理解するばかりか、「そうです! 佐々木さんはそういう立場です。私たちはぜんぜん気にしていません。私たちは専門家としてできることを全力でやりますから、佐々木さんはご自分の役割に徹してください」と言ってくださいました。

それによって「心のおしゃべり」がストップしたのは、言うまでもありません。同時に、その人たちとの間の信頼関係がぐっと深まった気がします。

実際に東京に帰ってきてからもその団体代表さんとは、九州に残してきた動物のことや、こちらに連れてきた動物の里親探しについて、心安く密に連絡を取り合い相談しています。この間に残念ながら亡くなってしまった障害のあるイヌについても、電話で一緒に泣いた仲ともなりました。

(人間ではありませんが)命がかかっている場面でこそ、自分の中についた炎に敏感でいるのが大切であることを痛感する日々でしたまして人間の命に関わるお仕事の方々には敬服します。

*レスキューの全記録は以下ブログでお読みいただけます。(次の日記に行くには、日記の上の矢印>を押してください)
http://blogs.yahoo.co.jp/careformydeerdog/57041638.html
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  今後のINTEGワークショップ
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■ 次回Standing in the Fireワークショップ

【第7期】福岡開催 10月17日(土) 9:30-17:30
Facebookイベントページ https://www.facebook.com/events/474316842749541/
ご予約 http://ws.formzu.net/fgen/S94244505/

【第8期】東京開催 11月1日(日)10:00-18:00
Facebookイベントページ https://www.facebook.com/events/140262772978454/
ご予約 http://ws.formzu.net/fgen/S84358229/

■ 自然の中でひとりで過ごす究極の内省の時間「Being SOLO」

10月10日(土)〜12日(祝)@熊本県南小国町
Facebookイベントページ https://www.facebook.com/events/999643623391184/

■ 【あり方を磨く-Standing in the Fireワークショップ連動 】
8月19日(水)「”私の中の静かな場所”をみつける」<終了しました>
9月23日(水・祝)「”私の中の小さな私”と仲良くする」
Facebookイベントページ https://www.facebook.com/events/691298467680152/

自分のケアを怠らない

私が『プロフェッショナル・ファシリテーター どんな修羅場も切り抜ける6つの流儀』で、一番気に入っている箇所の一つが、第12章の「自分のケアをする(休息)」です。実際にLarryは来日時も、プレゼンターとしての役割が終わると、「一旅行者として」の時間をとって、リフレッシュしてから帰国しています。
私も先日、珍しく激怒する出来事が起こりました。ファシリテーションの現場ではありませんが、ある人との会話で、「非人道的そのもの! あまりにも利己的すぎる!!!」とカッとなってしまったのです。出先の電話でその会話をしたので、人前だからあまり怒りを露にせずに済んだのかな?と思いつつ、その後車で帰宅しました。車はプライベート空間なので、何らかの感情が出てくるのかな?と観察していると、自分が異常に穏やかにいることに気がつきました。妙な感覚です。
Standing in the Fire効果???と思う反面、怒りすぎて心が静かなのかな?とも考えました。
しかしいずれにしても、あれだけ激しい怒りが静かに自分の身体の中にもぐりこんでしまうと、体に悪影響があります。そこで、帰宅して出かけるちょっとの時間に、物理的に怒りを表現しました。具体的には、ソファーとクッション数個を殴ったり投げたりしました。そうするうちに、口が言いたかった怒りの言葉を言うようになります。ひとしきりそうした後、ソファーとクッションにお詫びを言い、クリアリングして終了。
穏やかでいるだけでなく、自分の感情をケアしてこそ、その後の余計な「感情スイッチ」を「増やさない」準備ができるのだと思います。
【次回SIFワークショップ】
Standing in the Fireワークショップ第7期@札幌
2015年8月1日(土) 9:30-17:30
http://peatix.com/event/97774

忘れないでいること

Standing in the Fireワークショップは、受講後にどれだけ練習(実践)を続けるかが肝心です。本を読んだりワークショップを受講した後に、何もしなければあまり意味もありませんし、まして「炎」が点いた時に役立てることはできません。
ところが、その練習をすることを覚えているのが難しい、というジレンマがあります。
先日、久々に整体に行きました。そこは施術というより、体の「みたて」をした後に、エクササイズをおしえてくれるというスタイルです。
翌日から真剣にそのエクササイズを真剣に行なおうとすると、少なくとも20分はかかるので、つい毎日は行ないにくい。なので、時間がとれない日には、生活のちょっとしたスキに「ながら」で行なっています。体の中の滞りや不快感があるので、意外と忘れにくい。そしてこの数日は、あるところで超肉体労働のお手伝いをしているので、「やることを忘れない」が、がさらにできるようになります。不調があるほど忘れづらいというパラドックスですね。
Standing in the Fireで扱う内容は、体の不調のように常に意識にのぼるようなものではありません。日々実践することにより、習慣づけるのが大切です。
【次回ワークショップ】
Standing in the Fireワークショップ第六期
2015年7月26日(日)10:00-18:00
詳細・お申込:https://www.facebook.com/events/494027737430214/permalink/494044567428531/

ファシリテーションは我慢大会

10年以上、「ファシリテーションは我慢大会」と言ってきました。

ファシリテーターは、いまそのグループがどのような状態新あるかを把握している。その一方で、「私は何も知らない」という態度も保ちつづける必要もある。禅問答のようですが。

ユダヤの格言に、「”私は何も知らない”ということを、あなたの舌に一生懸命おしえなさい」というものがあります。上の後者をおしえてくれる智慧です。

何かに気づいていても、それが役に立つかもしれない/必要となるかもしれない瞬間まで、それをキープしておくことがあります。プロセスワークのスティーブン・スクートボーダー博士はこれを、「ポケットにしまっておく」という表現をします。そして結局、最後までそれを使わないこともあります。「せっかくとっておいたのだから、使いたい」というのは、ファシリテーターの思惑であって、場のためのものではないかもしれません。それこそ、我慢大会です。

そして、「我慢大会」と言いつづけた自分を忘れて、はっとした出来事がありました。

いつもお世話になっている慧光寺で薪ストーブをつける時のことです。私はたまにしかやらないので、行く度に忘れていて、なかなかうまくつけることができません。10年もやっているのに、、、と、がっかりします。開けたり閉めたり、次々といろいろなものを入れて、何度もトライした挙げ句、長い時間がかかってしまいます。

毎日ストーブをつける住職は、ほとんど無頓着とも見える「名人の技」で、わさわさと紙や小枝や薪でストーブをいっぱいにして、ボン!と火をつけます。ある時見ていると、しばらくなかなか火がつきません。私だったら焦って手を出すところですが、住職はじっとストーブを見つめると、「信じましょう!」と、ほっておきました。するとしばらく経って、急に火がついたのです。

忍耐力と信じる力・・・。ファシリテーションの本質に通じる出来事でした。