不機嫌な客から逃げない

横山ニューグランドホテルのドアマン、田中良雄さんの記事を読みました。

彼が他のホテルマンと違うのは「不機嫌な客から逃げない」だそうです。それは、「不機嫌な客の気持ちをよく理解している」から。

それがホテルの質を高めるんですね。ファシリテーションも同じで、不都合なことや予期せぬこと、そして「困ったちゃん」から逃げないのが、よりよい結果を産み出すタネとなります。

「あり方を磨く」Standing in the Fireの脈絡で考えると、田中さんの態度はオープンマインドであり、「不機嫌な客=ファイヤー」と考えることができます。『プロフェッショナル・ファシリテーター』に出てくるバスドライバーの話と同じく、田中さんはどんな客に対してもニコニコと笑って「感情のwifi」を駆使されているのでしょう。

「ドアマン一筋400年!4万人の顧客を覚えるドアマンに密着」記事はこちらでお読み下さい。

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次回Standing in the Fireワークショップ
2016年1月11日(祝)10:00-18:00@東京

*イベント詳細はfacebookイベントページ
ご覧下さい。
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ダイバーシティーを場に持ち込む

11月1日に、Standing in the Fire(SIF)ワークショップ第8期が終了し、参加された音楽家の後藤京子さんが、ブログを書いてくださいました。

● 後藤京子さんのブログ

『プロフェッショナル・ファシリテーター どんな修羅場も駆け抜ける6つの流儀』(原題:”Standing in the Fire”)はビジネス書として出版されていますが、私のワークショップには、ビジネスパーソンやファシリテーターだけでなく、様々な方が参加されます。これまでにも、福祉関係・医療関係・教育関係・国際開発関係・メディエーター(法律関係)・野外教育関係・音楽療法士・アーチストその他の方々が参加されました。

SIFワークショップを開発したラリー・ドレスラー氏も、「SIFは、本もワークショップも、ファシリテーターだけのための内容ではなく、広い層の人たちに役に立つはずだ」と言っています。

私が敢えて様々な方にお声をおかけするのは、これまでにビジネス以外の広い範囲で私自身が仕事をしてきたから、というのみならず、分野を超えて集まったグループの方が多様な視点を提供できる、そして、医療・福祉・国際開発等の「現場の」方々が、特にその話をしなくてもその「存在感」によってワークショップの場に「リアリティー」を持ち込んでくれると考えているからです。

それによって、「あり方」も磨かれていくことでしょう。

回を重ねるごとに、さらに多様な方々が興味を持ってくださり、ありがとうございます。それと同時に、ありとあらゆる分野で、ファシリタティブなあり方の重要性が高まっていると感じます。

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次回Standing in the Fireワークショップ
2016年1月11日(祝)10:00-18:00@東京

*イベント詳細はfacebookイベントページ
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「ファシリテーターインタビュー」を受けました

10/1に、「ファシリテーターインタビューVol.2」で、ファシリテーターの高柳謙さん(ガオリュウさん)にインタビューして頂きました。このシリーズは、「ファシリテーターは、どこにいますか?」という問いのもと、ファシリテーターが他のファシリテーターをインタビューするというものです。

以下は、ガオリュウさんがまとめてくださった記録です。(長文)
下に、グラフィッカーの和田あずみさんが描いてくださったグラフィックも掲載します。私自身グラフィッカーですが、描いてもらったのは初めてだったので、感激&感謝!です。

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ファシリテーターズ・インタビュー
Vol.02 佐々木薫

【系譜】活動家→ドラムサークル→ファシリテーター
【生息地】あらゆるところにいます。遍在してます。

インタビュアーのガオリュウこと高柳です。インタビューさせていただいた佐々木薫さん(以降、薫さん)について書かせていただきます。

私にとってはドラムサークルのファシリテーターであり、『プロフェッショナル・ファシリテーター どんな修羅場も切り抜ける6つの流儀』という本(http://www.amazon.co.jp/dp/4478027102)を日本に広めることを切望して、行動した人という認識のファシリテーターが佐々木薫さんです。

今回のインタビューで知ったことは意外にも薫さんの源流は活動家だということ。なぜ意外かといえば、ファシリテーターが一般的に捉えられる「促進させる人」という役割からは離れた存在に感じてたからかもしれませんが、薫さんを知る人からするとその発するエネルギー・熱量のすれば当然なのかもしれないなと納得。(笑)

知っている方は知ってますが、物事に「反対」するのは実はかなりなエネルギーが必要な行動です。曰く、当時の活動家はどの反対活動をみても、同じ人たちがいる…みたいな状態で、かなりな「反対」だったようです。しかし薫さんは、いくらエネルギーを注ぎ込んでも変わらない世の中に「思いは正しいけど、メソッドが間違っている」と考えて、行動を「反対・賛成どちらの立場にも加担しないけれど、かわりにここにずっと居て、祈ることにした」という方向に…。

あきらめや祈りの人生の通り道を経て「心ひらいてつきあう」までたどり着いた時期に、ドラムサークルに出会ったそうです。そしてするりと海外でしか行われていなかったドラムサークル・ファシリテーター養成研修に参加しに渡米した薫さん。その合宿過程の夜に自身が「完全受容」な感覚を味わった時、今の世の中・社会は、あらゆることが、人のなにかしらを傷つける(削る)ように出来ていると感じるようになったそうです。

そこから1000回以上のドラムサークルを経たファシリテーションについての話では、以下のことが印象に残りました。

インタビュー記事的にはすごく大事な話たちなんですが、いかんせん未だ租借できておらず文章にできず。まぁ、日本語、日本人の感覚からはなかなか明文化しづらいことを、アメリカはいい感じのパッケージにしてしまう…という話はなんか腑に落ちました。( ̄▽ ̄;)後は言い訳として、そもそも日本語でピッタリくる言葉がないからムリなんだなと。なので気になりましたら、薫さんご本人に聞いてみてください。(笑)

あ、後、これらは私が薫さんの話から受けた自分なりの解釈ですので、正しいとか正しくないとかは関係ありません。という意味では、薫さんに聞いてもわからないかもなので、私に聞いてくださいの方がいいのかな・・・。

・ドラムサークルは『よい音楽』ではなく、『よい関係性』を目的としている
・「ドラムを叩く」は男性社会の象徴
・失敗した時にはそって脱け出して戻る話
・ファシリテーターのエゴがなくならない話とファシリテーション中にどんどんエゴが死んでいく話
・コンテンツとプロセスと「さぁ~?どうなるんでしょうねぇ?(笑)」な話
・最終奥義「ホウチ」
・守破離の話

そしてインタビュー中に薫さんから何回か出た「みなさん、ファシリテーションってなんでしょうね?」は最終的に400字で考えてみる「宿題」となりました。

さて、最後はこの会の主旨である「どこにいますか?」という質問で場を閉じましたが、答えは…

『あらゆるところにいます。遍在しています。』

でした。

今回は事前の打ち合わせもほぼやりませんでしたが、ふりかえってみると、Vol.01のまちづくりの千葉さんの時のインタビューとはやはり問いの内容が違っていて、薫さんについては、なぜ今のスタイル、在り方に到ったのかを私が知りたかったみたいで現在の薫さんの話はほとんど聞きませんでした。でもそれだけ私がファシリテーターの在り方の真理にたどり着きたかったのだなと。誤解や何様?的な糾弾を恐れずに言えば、なんとなく薫さんと感覚が似ている気がしたんだと思います。

そして、翌日に薫さんと記事内容をチェックしていて気がついたのですが、薫さん的にも「いちばん言いたかったこと、というか、”いまの私”を全然話さなかった」となっていたので、「次回があればぜひ!」とのことでした。

次は薫さんがインタビュアーとしてもありだし、「今」を知りたくなった他のファシリテーターがインタビューすることもありそうですね。普段は自分のことを話せないファシリテーターが話す場としても聴く場としても使えればいいなと思っています。

以上、薫さん、参加してくださったみなさん、そして今回の会場を貸してくださった永和システムマネジメントさんに感謝。

※画像はグラフィックレコードを参加者の和田あずみさんが描いてくれたものです。感謝。

グラレコ1
グラレコ2

究極のファシリテーション×非暴力

昨日築地本願寺で行なわれた、真宗教団連合東京支部 公開講座2015 映画『カンタティモール』上映とパネルトーク「他を犠牲としない平和を問う」に参加しました。

http://www.canta-timor.com/
20年以上、各国のゲリラ兵士達の取材を重ねてきた監修の南風島 渉さんのお話ーーー。
 
インドネシア人の弾圧を受けるティモールの兵士はわずか1,000人、しかも「世界でもっとも弱いゲリラ軍」と言える。彼らは3万人のインドネシア軍と「闘い」(「戦い」ではないそうです。)、25年をかけてどの国も達成していない奇跡の独立を手に入れた。
 
イスラム国等のテロが頻発する一方で、彼らは「君を誘拐して殺せば、世界中からメディアがくるんだけどね」と冗談を言いながら、けして攻撃的なことをせずに細く長い闘いを黙々と行なった。インドネシア軍を捕虜にすると、自分たちの考えを滔々と話して、なんとその後釈放することにより、インドネシア人の間に賛同者が増えていった。
そして、奇跡の独立。
これが究極のファシリタティブな姿と言わずして、なんと呼べばいいのでしょう?
そして、彼らはどれくらいのStanding in the Fireを実践してきたのでしょう? 映画では、耐え難い体験を経てきた何人もの人が「悲しみは消えないけど、怒りはない」と、きっぱり言い切っています。
ファシリテーションと「高潔さ」、そして「人道的な戦略」は、関係があるのかもしれません。
● 11月1日(日)10:00〜18:00
「あり方」を磨くStanding in the Fireワークショップ【第8期】@東京
 https://www.facebook.com/events/140262772978454/
【あり方を磨くーStanding in the Fireワークショップ連動】
● 11月11日(水)19:00-21:00
第1回:”私の中の静かな場所”をみつける@東京 https://www.facebook.com/events/140262772978454/
● 11月18日(水)19:00-21:00
第2回:”私の中の小さな私”と仲良くする@東京
https://www.facebook.com/events/1480843638885816/

自分のケアを怠らない

私が『プロフェッショナル・ファシリテーター どんな修羅場も切り抜ける6つの流儀』で、一番気に入っている箇所の一つが、第12章の「自分のケアをする(休息)」です。実際にLarryは来日時も、プレゼンターとしての役割が終わると、「一旅行者として」の時間をとって、リフレッシュしてから帰国しています。
私も先日、珍しく激怒する出来事が起こりました。ファシリテーションの現場ではありませんが、ある人との会話で、「非人道的そのもの! あまりにも利己的すぎる!!!」とカッとなってしまったのです。出先の電話でその会話をしたので、人前だからあまり怒りを露にせずに済んだのかな?と思いつつ、その後車で帰宅しました。車はプライベート空間なので、何らかの感情が出てくるのかな?と観察していると、自分が異常に穏やかにいることに気がつきました。妙な感覚です。
Standing in the Fire効果???と思う反面、怒りすぎて心が静かなのかな?とも考えました。
しかしいずれにしても、あれだけ激しい怒りが静かに自分の身体の中にもぐりこんでしまうと、体に悪影響があります。そこで、帰宅して出かけるちょっとの時間に、物理的に怒りを表現しました。具体的には、ソファーとクッション数個を殴ったり投げたりしました。そうするうちに、口が言いたかった怒りの言葉を言うようになります。ひとしきりそうした後、ソファーとクッションにお詫びを言い、クリアリングして終了。
穏やかでいるだけでなく、自分の感情をケアしてこそ、その後の余計な「感情スイッチ」を「増やさない」準備ができるのだと思います。
【次回SIFワークショップ】
Standing in the Fireワークショップ第7期@札幌
2015年8月1日(土) 9:30-17:30
http://peatix.com/event/97774

ファシリテーションは我慢大会

10年以上、「ファシリテーションは我慢大会」と言ってきました。

ファシリテーターは、いまそのグループがどのような状態新あるかを把握している。その一方で、「私は何も知らない」という態度も保ちつづける必要もある。禅問答のようですが。

ユダヤの格言に、「”私は何も知らない”ということを、あなたの舌に一生懸命おしえなさい」というものがあります。上の後者をおしえてくれる智慧です。

何かに気づいていても、それが役に立つかもしれない/必要となるかもしれない瞬間まで、それをキープしておくことがあります。プロセスワークのスティーブン・スクートボーダー博士はこれを、「ポケットにしまっておく」という表現をします。そして結局、最後までそれを使わないこともあります。「せっかくとっておいたのだから、使いたい」というのは、ファシリテーターの思惑であって、場のためのものではないかもしれません。それこそ、我慢大会です。

そして、「我慢大会」と言いつづけた自分を忘れて、はっとした出来事がありました。

いつもお世話になっている慧光寺で薪ストーブをつける時のことです。私はたまにしかやらないので、行く度に忘れていて、なかなかうまくつけることができません。10年もやっているのに、、、と、がっかりします。開けたり閉めたり、次々といろいろなものを入れて、何度もトライした挙げ句、長い時間がかかってしまいます。

毎日ストーブをつける住職は、ほとんど無頓着とも見える「名人の技」で、わさわさと紙や小枝や薪でストーブをいっぱいにして、ボン!と火をつけます。ある時見ていると、しばらくなかなか火がつきません。私だったら焦って手を出すところですが、住職はじっとストーブを見つめると、「信じましょう!」と、ほっておきました。するとしばらく経って、急に火がついたのです。

忍耐力と信じる力・・・。ファシリテーションの本質に通じる出来事でした。