まだまだですか・・・(苦笑)

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

新年に知り合った神主さんが、「神様カード」でリーディングをしてくださいました。

私の神様は大屋毘古神(おおやひこのかみ、別名:五十猛 命)という、木の神様でした。高天原から多くの木のタネをたくさん携えて地上に降りてきたので、日本は緑深い国になったということです。

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その中で何度も出てくるのが、「自分の古いパターンに気がつきましょう」ということでした。そうすると、「大屋毘古神が、自分が世界の中心であるという幻想から目を覚ます手伝いをしてくる」のだそうです。

Standing in the Fireワークショップを初めてから一年余り、ずーっと修行(?)してきたつもりですが、まだまだですね〜(ため息。)

また新たな気持ちで取り組んでいきたいと思います。

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【残席1】
次回Standing in the Fireワークショップ:2016年1月11日(祝)■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

子育てにも「あり方」

月に一度、野口整体の「活元会」というものに参加しています。

今回の内海先生のお言葉。

「こどもがぐずったり、何かしらの問題がある時には、まずお母さんが、ご自身の”みぞおち”がちゃんと緩んでるかを、まずチェックしてください」

こどもが悪いのではなく、まさにお母さんの内面を映し出しているというわけですね。それはこどもに限らず、あなたが創り出す、またはいる、「場」も同じです。

野口整体では、みぞおちが緩み丹田に気を満ちさせることが基本ですが、それがなかなか難しい!

震災の時に翻訳したフランク・オスタセスキさんの文章にも、「おなかが緩んでいるかを、まず調べなさい」という場面が出てきます。

いずれにしても、まず体をチェック!というのは、SIFワークショップと同じです。

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次回SIFワークショップ:2016年1月11日
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ファシリテーションと自然

私は東京の西の端の田舎に住んでいて、森や海といった自然の中で時間を過ごすことが多いのですが、ずっと以前から「自然は師匠」と思っています。

自然の中の生き物たちは、脈々と着々と黙々と、協力しあい競争しあい、それぞれが自主的であると同時に、まるで全体としての意志を持っているかのように生きています。「競争しあい」と書きましたが、「否定しあい」「反対しあい」「傷つけあい」とは書いていません。互いのためになると同時に、自分の意志や存在そのものを、きちんと守っています。

つまり、自分たちで上手に「合意」しているのです。

そこにファシリテーターは存在しません。あるならばそれは「神」や「自然の摂理」、「宇宙の意志」となるのでしょうが、究極の自主性とも言えます。

「あるように、ある」という当たり前のあり方が、言葉を持つ人間の世界では難しい。そうあれるように支援できるようなファシリテーターを目指したいものです。

先住民とストーリーテリング

先日の「コレクティブ・ストーリー・ハーベスティング」ワークショップの際にお話しした内容を以下に掲載します。

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私は’89年からブラジルアマゾンの熱帯林と先住民の支援活動をしていました。環境問題・先住民・シャーマニズムに関わっていると、その頃はそういう人たちはとても少なかったので、おのずと互いと知り合って協力していました。いまはみなさん「先住民」という言葉を知っていますが、その頃は日本の一般の人の中では、「原住民」「土人」と、「野蛮な人たち」という扱いが普通でした。

いま、先住民でいちばん知られているのはネイティブ・アメリカンの人たちですが、ニュージーランドのマオリ、オーストラリアのアボリジニ(「アボリジニ」という言い方は差別的だそうです。)もいます。いまはそうやって誰でも知っていますが、当時は「なんでそんな野蛮な人たちを助けるの?」と言われることもある時代でした。

ハワイの著名な「クムフラ」にも、知り合いがいます。「フラ」とはハワイの伝統文化全体を指し、そのごく一部がみなさんご存知のフラダンスだそうです。「クムフラ」とは、医療、文化、伝承すべてを、たいへんな修行を通じて知っている人たちです。ハワイでは、『星の航海士』という本を書いたナイノア・トンプソンさんの最初の来日の際には、通訳をつとめさせていただきました。ヨット用語や海のことを知っている必要があり、先住民と海に詳しいという理由で頼まれました。インドネシアのサラワクや先に独立した東チモールの人々の活動にも関わり、サンフランシスコのあたりに住んでいた絶滅した先住民の本を書いた『オローニの日々』の著者、マルコム・マーグリンさんの通訳もつとめました。カリブ海の、やはり絶滅したカリブ族等、いろいろな人々の情報も入ってきていました。先住民ではありませんが、ブラジルや西アフリカの独特の宗教に接したり、ジャマイカのメディスンマンにも知り合いがいました。

’85年くらいから、私の知り合いたちがネイティブ・アメリカンの人々を日本にお招きするようになりました。その最初は、最近また有名になったデニス・バンクスという人だったと思います。さきほど話に出たナイノアさんはハワイ先住民ですが、伝統的カヌーと航海術を復活させて船を創ろうとしたら、ハワイの自然は一度ぜんぶ壊してリゾートにしたので、カヌーに使う木がなかったという話が本に出てきます。その時に木材を提供してくれたのが、アラスカ先住民のクリンギット族です。写真家の故星野道夫さんとも親しかったというクリンギット族のボブ・サムさんが現在日本に住んでおられると思います。

長い話になりましたが、それが私のバックグラウンドです。ボブ・サムさんの肩書きは「ストーリーテラー」ですが、最初に来日された時に、アマゾンの支援団体でストーリーテリングをしてくださいました。そのようなストーリーテリングが、ストーリーテリングだと思っているのが、一般的な捉え方だと思います。そこで、それとここでやっているストーリーテリングと何が違うんだろう?と考えました。

伝統文化の中で語られるストーリーは、「パブリック(公的)なストーリー」または「共有されたストーリー」と言えます。でもここでは、何かの目的のためにストーリーを利用するということをします。それは、「パーソナル(私的)なストーリー」となります。例えば講演会も、パーソナルなストーリーでしょう。そうしたストーリーにリアクション(フィードバック)があると、何か新しいものが生まれたり、発見したりします。そのためのある種の「ツール」またはひとつの「考え方」として、ストーリーを利用・活用するのが、今日体験して学ぶ内容です。

パーソナルなストーリーは、パーソナルですから、「否定のしようがない」という特徴があります。聴いた側は、「ええ〜っ!? そんなことはないでしょう???」とは言えません。その人にとっての真実であり、それをみんなが聴いて受け入れるので、受容体験を得ることができます。

ストーリーは古今東西のさまざまな文化でとても大事なものとされていますが、なぜ大事なのかを考えてみました。

先住民の文化では、長老や目上の人がストーリーを語ることが多いです。一口に「アマゾン」と言っても、ブラジル、ペルー、ボリビア等のたくさんの国を流域として、いろいろな部族がいます。私たちは、保護区となっていて一般の人が立ち入れない「シングー」という地域で活動していました。誰かがストーリーを語ると、子供達は一生懸命、目をキラキラさせて、聴いています。「ねえ、あのお話、またして!」と、何回もお願いをするそうです。文字がないので、毎回「真剣勝負」です。人間にとって根源的な、文化の継承や危険を回避する智慧等を、生活の中でも学んでいますが、ストーリーの形で得ます。これは、「情報」です。

それによって「関係性」ができて、コミュニティーが作られる・強化されるという機能もあります。また、そういう「長老的」「エルダー的」な「あり方」に日常的に触れることによって、「道徳観」「高潔な人格とは何か」「人間らしい生き方とは何か」を自然に学んでいます。

「情報」は、先住民のコンテキストでは「智慧」という呼ばれ方をします。その「智慧」の種類も考えてみました。まず、いちばん大事なのは「創成神話」です。創成神話とは、「世界や宇宙はどうやってできたか?」が神話の形で語られます。(日本にも神話があります。)それにより、「こうなって、ああなって、それで私たちはここにいます」ということがわかります。ほとんどの先住民文化には、創成神話があり、文字や図書館やパソコンはありませんから、それは全部、頭とハートで知っておかないといけない。神話は長い間、代々語り継がれてきたので、ほんとかうそか、もはやわかりません。伝言ゲームみたいなもので、途中でバージョンアップされたかもしれません。でも、本質は変わらないでしょう。創成神話は民族の誇りや感謝を抱くことにもつながりますが、個人的には創成神話があると、「私は何者であるか?」、つまりアイデンティティーを持つことができると思います。それがあると、人が「しっかりする」。私たちは、ここにある紙一枚、どこから来たのかわかりません。どこでどうやって育った木を切って、どうやって運んで、誰が紙にして持ってきたか、また、使ってゴミになると、どこに行ってしまうかわかりません。ところがアマゾンの先住民達は、どこにどの季節に行けばある薬草がとれるか知っていて、使い終わると土に戻ることを知っています。同じように、自分たちのルーツを知っていて、自分もいつかは土に戻ることが、毎日実感できます。だから、本当の先住民の人たちは「自分が自分であること」に何の迷いもなく、とても堂々と生きています。

ストーリーによって「知識・情報・智慧」や「文化」が伝達されますが、「道徳」も伝わります。先住民文化には「法」があります。

また、忘れてならないのが「精霊の話」です。精霊は、私はいると思いますが、一般的に「見えない」「聴こえない」です。でも彼らは見えたり聴こえたりするようです。視覚・聴覚と言うのではなく、違うチャンネルを通じて感じているのかもしれません。アマゾンの人たちはUFOや地底人ともふつうにお話しているそうですが。(笑)ですから、私たちはここから、あそこにある植木のところまで「何もない」と思っていますが、その間に無数に何かあるかもしれない。世界が充満している。それは、現代風に言うと「環境教育」です。「どこにも精霊が宿っている」。日本の八百万の神と一緒で、先住民の宗教はアミニズムです。

「どこにも精霊がいるから、大切にしなければいけない」と考えます。大切にするから、自分が生きることができます。

こうしたことを考えると、先住民の生き方はどちらにも偏らない「全脳的」であると言えるでしょう。また、システム思考的つまりホリスティックな発想です。

ちょっとはずれますが、今日のお話を考えていた時に頭に浮かんだのが「神聖さ」ということばでした。神聖さとは、不思議なことやおどろおどろしいことではなくて、もっとぜんぜん平易なことではないか? 「いのち全体に対するレスペクト」だと思います。「全体があって、自分はその一部だ」という感覚や、最近のU理論で言えばプレゼンシングの部分、「本質的なものにつながっている」という自信が、神聖さではないかと考えました。

では最後に、アマゾン先住民の活動を以前支援してくださっていた、某放送局のMさんが書いた、彼らの合意形成のプロセスに関する文章を読んでみます。ストーリーテリングには直接関係ありませんが、ファシリテーションや合意形成には、みなさんご興味があると思いますので。

<Mさんの文章は割愛>

「炎」は簡単に炎上する

先日、友人の猫2頭の去勢・避妊手術のために、車を出しました。術後のお迎えに行くだけなので、すぐに終わると思い、私は駐車場で待っていました。

密にメールでやりとりしながら、「いまから院長の話を聴きます」という連絡を最後に、10分経っても20分経っても、連絡はないし戻ってもこない。

最初はのんびり待っていましたが、「もしかして???」というスイッチが入った途端、どんどん妄想が膨らみ始めます。「もともと野良猫なので、何かの重大な病気がみつかったのかも」からさらに、「万が一のことがあったのかも。様子を見に行くべきか・・・いやいや、その状況に巻き込まれたくない」等々、留まるところを知りません。体は緊張し、心拍数も上がってきました。

結局、院長の丁寧な説明が長引いただけで、無事に戻ってきました。

さらに、Standing in the Fireワークショップ後の振り返りSkypeセッションでの出来事。私が急に体調が悪くなり、Skypeをつなごうとするも、連絡もせずにそのまま寝込んでしまいました。(すみません!)

参加予定の三人の間では最初の「大丈夫かなあ?」「何が起こったんだろう」からだんだん、「何かよくないことが起こったのかも?」「万一の場合、どうしよう?」となり、それを知った他の人たちにまで、大変なご心配をかけてしまいました。中には、「これはボクたちにわざと”炎”をつけて試す、なんらかの修行なのかも?」と考えた方もいらっしゃいました。(笑)

このように、「炎」は、あっという間につくばかりか、妄想はどんどん膨らんでいきます。人間が大きな脳を持つようになって「創造力」を手に入れた代償として、「心配性」となったのでしょうか? 人間の脳は「悪い方、悪い方へ」と考える能力に長けています。

必要な量と質の心配は大切ですが、こうやって「炎」に巻き込まれる脳を私たちが持っていることを再確認できる、最近のエピソード2件でした。

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次回Standing in the Fireワークショップ
2016年1月11日(祝)10:00-18:00@東京

*イベント詳細はfacebookイベントページ
ご覧下さい。
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不機嫌な客から逃げない

横山ニューグランドホテルのドアマン、田中良雄さんの記事を読みました。

彼が他のホテルマンと違うのは「不機嫌な客から逃げない」だそうです。それは、「不機嫌な客の気持ちをよく理解している」から。

それがホテルの質を高めるんですね。ファシリテーションも同じで、不都合なことや予期せぬこと、そして「困ったちゃん」から逃げないのが、よりよい結果を産み出すタネとなります。

「あり方を磨く」Standing in the Fireの脈絡で考えると、田中さんの態度はオープンマインドであり、「不機嫌な客=ファイヤー」と考えることができます。『プロフェッショナル・ファシリテーター』に出てくるバスドライバーの話と同じく、田中さんはどんな客に対してもニコニコと笑って「感情のwifi」を駆使されているのでしょう。

「ドアマン一筋400年!4万人の顧客を覚えるドアマンに密着」記事はこちらでお読み下さい。

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次回Standing in the Fireワークショップ
2016年1月11日(祝)10:00-18:00@東京

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ダイバーシティーを場に持ち込む

11月1日に、Standing in the Fire(SIF)ワークショップ第8期が終了し、参加された音楽家の後藤京子さんが、ブログを書いてくださいました。

● 後藤京子さんのブログ

『プロフェッショナル・ファシリテーター どんな修羅場も駆け抜ける6つの流儀』(原題:”Standing in the Fire”)はビジネス書として出版されていますが、私のワークショップには、ビジネスパーソンやファシリテーターだけでなく、様々な方が参加されます。これまでにも、福祉関係・医療関係・教育関係・国際開発関係・メディエーター(法律関係)・野外教育関係・音楽療法士・アーチストその他の方々が参加されました。

SIFワークショップを開発したラリー・ドレスラー氏も、「SIFは、本もワークショップも、ファシリテーターだけのための内容ではなく、広い層の人たちに役に立つはずだ」と言っています。

私が敢えて様々な方にお声をおかけするのは、これまでにビジネス以外の広い範囲で私自身が仕事をしてきたから、というのみならず、分野を超えて集まったグループの方が多様な視点を提供できる、そして、医療・福祉・国際開発等の「現場の」方々が、特にその話をしなくてもその「存在感」によってワークショップの場に「リアリティー」を持ち込んでくれると考えているからです。

それによって、「あり方」も磨かれていくことでしょう。

回を重ねるごとに、さらに多様な方々が興味を持ってくださり、ありがとうございます。それと同時に、ありとあらゆる分野で、ファシリタティブなあり方の重要性が高まっていると感じます。

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次回Standing in the Fireワークショップ
2016年1月11日(祝)10:00-18:00@東京

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