ファシリテーションと自然

私は東京の西の端の田舎に住んでいて、森や海といった自然の中で時間を過ごすことが多いのですが、ずっと以前から「自然は師匠」と思っています。

自然の中の生き物たちは、脈々と着々と黙々と、協力しあい競争しあい、それぞれが自主的であると同時に、まるで全体としての意志を持っているかのように生きています。「競争しあい」と書きましたが、「否定しあい」「反対しあい」「傷つけあい」とは書いていません。互いのためになると同時に、自分の意志や存在そのものを、きちんと守っています。

つまり、自分たちで上手に「合意」しているのです。

そこにファシリテーターは存在しません。あるならばそれは「神」や「自然の摂理」、「宇宙の意志」となるのでしょうが、究極の自主性とも言えます。

「あるように、ある」という当たり前のあり方が、言葉を持つ人間の世界では難しい。そうあれるように支援できるようなファシリテーターを目指したいものです。

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