仏教に学ぶ

先日、真宗木辺派ご門主様のお話を伺う機会がありました。

「さて法身の光明とは、法身と般若と解脱とは涅槃の三徳という。迷いの衆生は煩悩 業 苦の三障とて、煩悩というものが悪行の種となり、その業報より苦しみを受くる身となる。これを生死の苦果という。その煩悩を断ずるを、般若の徳という。般若は智慧のことにて、智慧を磨きて煩悩を断ずるとは、智慧の働きにて煩悩のしばり縄をときて、業のわなを抜けたところを解脱という。その身はもはや苦しみを受けない。苦果の穢身を離れたるところにて仏の境遇の現じる」

ここで言う「智慧」とは、Standing in the Fireで取り扱う「メタ認知」または「気づく力」と考えられます。
気づくことができれば、「智慧の働きによって煩悩という私たちを苦しめるものから自由になる」。

解脱というにはほど遠いですが、古くからこうした先人たちの智慧があるのですね。

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