ネルソン・マンデラ

“Long Walk to Freedom” (日本語版『自由への長い道』)を読んだハウスメイトにおしえてもらった本の中のエピソード。(じつはその原書は私が15年程前に買ったものですが、私は読んでいません。汗)マンデラさんが家に帰るために飛行機に搭乗しようとしたとき、パイロットが黒人であることを知り、「大丈夫かな?!」と思わず考えてしまいました。自分の中にもそんな気持ちが反射的に出てくることを発見し、差別がいかに誰もの心に刷り込まれた根強いものであるかに気がついたそうです。

自分の中にあるものに気がつき、それを自伝で世界に向けて書いてしまう(=告白する)という、マンデラさんの「あり方」に、その偉大さを再確認しました。

今朝ラリーとたまたまSkypeで話したので、そのマンデラさんの話をして会話が盛り上がりました。

余談ですが、昔、西アフリカのセネガルに通っていた頃、「僕たちはしょせん、奴隷の子孫だ」という若者たちといつも喧嘩していました。「それは正しくない。先祖が奴隷として連れて行かれたなら、あなたたちは今ここにいないはずじゃない」

そして、ヨーロッパ人がアフリカに行って、銃という武器を持って直接暴力をふるったことよりも、何世代にも渡って「おまえたちは能力がない、劣る存在だ。人間以下だ」と言い聞かせ続けたことが、大きい罪だったのではないかと思いました。「自分は劣っている、ダメな存在だ」とディスパワー(エンパワーの反対)されてしまうことにより、本当にそのような存在になっています。「心への暴力」は「肉体への暴力」よりも壊滅的なダメージを与えるのかもしれません。

「刷り込み」のマンデラさんの話をきいて、久々にそんなことを思い出しました。

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